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今日は大晦日だ。
まァ、つまりは大掃除ってことだな。
一年溜まりに溜まった汚れやら何やらを全部綺麗に洗い流しちまう。1番隊は見張り台からマストらへんの補修とか。マルコがいるからな。空中の仕事は全般的に1番隊が受け持つ。

サッチ率いる4番隊はコックと一緒に食堂の清掃とか、新年の為の食糧の買い出し。

5番隊は主に武器庫の点検だ。最近ビスタが倭ノ国の刀に惚れ込んで大量に買ってくる。海のものとも山のものともつかねェ自慢の品々を、保管場所がねェからって武器庫に飾るのは止めてほしい。ついでに誰彼構わず2時間でも3時間でも刀自慢をしはじめるのも止めてほしい。
しかもいざ戦闘で使おうとすると猛烈なスピードでやってきて怒りはじめるもんだからどうしようもねェ。実戦で使わねェなら集める意味なんかねェじゃねえか。

ジョズんとこの3番隊は宝石の換金だ。あ?ああ、もちろんダイアモンドだぜ?
…ん?ホンモノなんだから問題ねェだろうよ。


…俺ンとこか?2番隊は、まァ、いろいろだ。水掛けあったり落書きしたり、まあ要するに遊んで終わるってこと。



「おい」


「あ!エース隊長!!」


「あんま遊んでないで早く切り上げろ。今年の持ち回りははうちなんだからな」


「わぁかってますよ。ばっちり準備は出来てるんですから。今年は優勝狙えますよ!!」


「当たり前だっつの」



大掃除の最後は隊対抗雑巾掛け大会で終わる。そんでそれが終わった頃には日付も変わってて、新年を祝って日の出を拝むまで、呑んで騒いで呑んで騒ぐ。この闘いをよ、ただの雑巾掛けとナメるなかれ。モビーディックに乗ってる8隊全部でやる賭けレースなんだ。一口1万ベリー。一人必ず一口は出す。それに加えてオヤジやマルコ、あとダイヤモンドで潤ってるジョズはポンと大金賭けるからな。100万、300万ベリーはざらだ。そうすっと、まァ、3000万いや、4000万は軽く超える。隊員だけじゃなくてナースや船医も出すしな。それを半分は優勝した隊に、もう半分は8番全ての到着順を当てた人間で分ける。勿論八百長はナシだ。八百長やっても優勝しねェ限り何も得しねぇし、俺達は海賊だ。どんな勝負事も真剣にやらねェで、海賊名乗ってられっかよ。


で、今年はうちの隊、つまり2番隊が主催することになってる。主催する隊は最後の一周に独自ルールを課す事が出来る。もちろん、あまりに不公平だと不満が出るけどな。まァ、それでもこれはかなりのアドバンテージだ。



「今年のルールはなんだよい」


「あ!マルコ隊長」



1番隊は早々に仕事を終えたらしい。最終走者は各隊の隊長。地味にこのレースには隊長というプライドが賭かってる。…ふん、くだらねェって笑うなよ?お前だってなってみれば分かるさ、自分とこの隊員からひしひしと感じる凄まじいプレッシャーの重さが。



「まだ教えられませんよ。直前になったらお伝えしますから、それまで待っててください。あ、もちろんエース隊長も!!」



ちッ、やっぱダメか。まァ、当たり前だよな。此処はひとつ、フェアにやろうじゃないの、マルコくん。



「エース」


「ん?あァ、サッチ。なんだよ、どうした?」



サッチの声が皮切りとなって続々と船員達が集結しはじめる。ようエース!!今年は俺ンとこが貰ってくぜェ、は、その言葉、そっくりそのまま返してやるよ、それぞれがそれぞれに呼び掛ける声、けたたましい笑い声、様々な雑音が喧騒となって一種の興奮へと昇華しはじめる。



「はいはいはい!じゃあルールを言いますよ!一回しか言わないのでちゃんと聞いといてくださいね!まずゴールの判断基準は頭じゃなくて手がラインを超えた時点ですからね!じゃないとサッチ隊長有利過ぎですから。いいですか、サッチ隊長!…え?ダメですよ。だったらそのリーゼント下ろしてきてください。…は?俺のアイデンティティー?てかみなさんちゃんと聞いてくださ……」


「野郎共!!用意はいいかァ、グララララ!!!」


「「いいぜェ!!!オヤジィ!!!早く始めてくれェ!!」」



喧騒の中を一段と大きな声が鳴り響く。開始の合図はオヤジの一声だ。一年の最後で最大のイベントがいよいよ始まる。




「野郎共!!位置につけェ!!」



ごくり
水を打ったように静まり返る第一走者と固唾を呑んで見守る聴衆の僅かに息を吐く音だけが聴こえる。




「よォい」






「ドン!!!」



「「いけいけェ!!あの野郎、蹴飛ばしちまえ!ヒーハー!!」」


「「やれやれェ!!もっとやれェ!!!」」



始まりの合図と共に野次が飛んで隣の声すら聞こえねェ。おまけに妨害は暗黙の了解で認められてっからな。ビールは引っ掛けるわ、バナナは落とすわ、マルコは落ちてるわ、もう何でもアリだ。…あ?掃除の意味がない?むしろ本末転倒だァ?…当たり前だろ、その為に掃除したんだからよ。それにそんな野暮な事は言っちゃあいけねえよ。


よしよし。うちの隊はいい位置についてる。前から3番目、1番隊の後方だ。最初から先陣切ると妨害をもろにくっちまうからな。まだあの位置でいい。


レースの道筋は単純だ。甲板からスタートして各室の前の廊下を一気に突っ切る。すると、左に大きくカーブを描いて医務室やら武器庫やらが並ぶ。そのまま半弧を描けば今度は隊長の部屋がそれぞれ並ぶ。2階から上もあることはあるが、レースとしては使わないことになってる。ナースが五月蝿く言ったせいだ。で、最後は食糧庫を通り過ぎ食堂の脇をを抜けて、再び甲板に戻ってきたらフィニッシュ。これでも結構長いんだぜ?何せモビーディックは広れェからよ。3kmはあるんじゃねェかな…。レースは5人。二人が半周ずつ回って、最後俺達が一周きっかり回ってゴールだ。


1階の脇道じゃあ入りきれねえもんだから、2階3階からも手摺から身を乗り出してわあわあやってる。肝心のレースは順調にバトンというか雑巾を繋いで、一周目を過ぎたところだ。順位は変わらず3位。しかし今年は接戦だな。何処が勝ってもおかしくない。



「エース、愉しいか、え?」



グララララと豪快な声を響かせながら笑うのはオヤジだ。当たり前だろ、何せ2000万ベリーと輝ける名声が賭かってんだ。


「グララ、カネや名声なんか後からいくらでも手に入るだろ?今がただ愉しいか訊いてんだよ、アホンダラ!!」


グララとまたあの豪快な声で笑いながらガブガブと酒を口にする。俺の答えを聞こうが聞くまいがオヤジは愉しそうに笑っているだろうから、俺は敢えて投げ掛けられた質問に答えない。…オヤジ、あんま呑みすぎると、ほら、ナースが心配して止めにきた。

「もう!エース隊長!親父さんが飲みすぎてるの見てたなら止めてよね!!」


「いいじゃねえか、今日ぐらい」


「'今日ぐらい'じゃなくて'今日も明日も'なんだから!」


怒っている口調とは裏腹にその表情は何処となくそわそわと嬉しそうに浮かれている。オヤジも、いいじゃねえか、年に一回のめでてェ日なんだ、とグララと笑うばっかりだ。



と、その時わっと歓声が沸いた。レースにふと目を戻すと4番手に着けていた走者が派手にバナナで転んでしまったらしい。後ろに着いていた他の隊の走者も巻き込まれている。これでトップ争いは1番4番、そして2番隊に絞られた。



「はい、いよいよ隊長方の出番ですよ!!さあさあ、内側から並んで下さい!」


「おいおい、ちょっと待て。今年のルールをまだ俺達は聞いちゃいねェぞ?」



おっと、そうだ忘れてた。サッチの言う通りだ、まだ今年のルールを俺達は知らされていない。



「今年のルールはシンプルですよ。じゃーーん!!」



そういって部下が一様に掲げてみせるのは……アイマスク?



「目隠しで走れってかい?」


「そうです!目隠し。それが今年のルールです。かんたんでしょ?」



簡単じゃねえよ。どんだけモビー長いと思ってんだ。壁にぶつかるわ、人にぶつかるわ、マルコにぶつかるわでゴールになんかいつ辿り着くか分かったもんじゃねえ。

文句のひとつも言う間も与えられずにさっさとアイマスクを着けられ、更にその上にくるくると黒い布で作られた長紐を巻かれる。視界は完全に遮られ、見えるのはただ真っ暗な闇、闇、…闇。スタート位置さえふらふらと覚束無いまま、何とか手を引かれて位置に付く。



「隊長!頼みましたよ!!」



此方へ向かってきたらしい、2番隊の俺の右腕的存在である隊員が叫ぶ。隊長!頑張って!!部下達からの声援と同時に俺はいつも見慣れた船内の記憶と己の感覚だけを頼りに走り出した。



真っ暗な闇と向き合っていると、段々と周りの声援や喧騒が消え去って、代わりに凛とした静寂だけが俺と対峙する。去年の今日も、こうやってドタバタと飲んで騒いで笑いながら過ごしたんだっけ。一年経ってもありありとその日の情景が目に浮かぶ。そうだ、去年はサッチと俺が小競り合いしてたところをなんとジョズが追い抜いてったんだよな。あれにはまじで驚かされた。まあ結局、虎視眈々と狙ってたマルコの奴が直前でスパートかけやがって、ジョズの疾走に驚いてずっこけた俺達を抜き去り、さらには息切れしたジョズも抜き去り、晴れて1番隊が賞金をモノにしたってわけだ。くそっ、マルコの奴。今年こそは負けねェ…!!



その前の年は…、そこまできて俺はつい脳裡に浮かんだその日の情景のせいで吹き出してしまった。そうだ、ルフィの奴が張り切ってくれたんだっけな。アイツ、不器用なのに、俺がやるっていってきかなかったんだ。案の定、焦げて真っ黒になった肉の塊やらなんやらが食卓に出てきたが、まァ、その気持ちだけで、俺には充分だった。…なあルフィ、お前元気にしてるかよ?お前の事だから今頃はもうこの広い海の上に出て、楽しくやっているんだろう。てめェの命を預けられる仲間は見つかったか?…俺は…おれは、



その時大きく沸いた歓声に俺は静寂の闇から騒がしい現実へと引き戻された。俺は、今何処にいて、あとどんくらいでゴールに着くのかもわからねェ。ただ視覚を奪われて研ぎ澄まされた聴覚や触覚が感じ取った周りの気配や温度が、俺を向かうべき先へと導いてくれる。



「エース隊長!!」


「いけー!!エースー!!」



俺を呼ぶ声を頼りにコーナーを無事に曲がりきり、いよいよ甲板のゴールまでの一直線を残すのみとなった。…しかし、なんかおかしいと思わねェか?聴こえるのは俺の名を呼ぶ声だけ、横にも背後にもマルコやサッチの気配が全くない。何処にいる?確かにあいつらなら自身の気配を消すことは容易い事に違いないが、今この勝負で覇気で相手を気圧する事はあっても気配を消す事に何の意味がある?おれはもしかして独りでこの船を走っているのではないだろうか?



「隊長!迷わないで!!隊長は!ただただ真っ直ぐ進めばいいんです!私たちがちゃんと隊長を!…護りますから!!」


「……!!」



その怒声に近い叫び声は騒がしい甲板の間を切り裂くように俺の元へはっきりと届いた。もちろんこのレースにおいての俺に掛けられた言葉ではあったけれども、なんとなくそこに含まれた意味はそれだけじゃない気がして、少しだけ心がざわついている気がするのは何故だろう。


甲板の冷気を含んだ潮風が頬を刺す。もうすぐだ、もうすぐで辿り着く…



「エース!!」


「隊長!」


今日一番の歓声がどっと沸いて俺を包み込む。身体には柔らかい感触。誰かに暖かく包まれている気がする。ゆっくりと黒紐とアイマスクを取られると、その瞬間白く泡立つ生ぬるい液体がおれに次々と浴びせ掛けられる。



「エース!おめでとさん!!」


「おめでとう!!」



え?いきなり浴びせられたシャンパンの匂いと船員の陽気な笑い声に包まれて訳が解らないまま、おれはただただ硬直する。



「エース!!これは8番隊からだ!!」


「5番隊からだぜ!受け取れよエース!!」



そう言って次々に、俺には持ちきれないほどの贈り物が両手から溢れ落ちているのにもかかわらず、それでも乱暴に押し付けられる。



「4番隊からはお前の大好物フルコースだぜ?ひとつ残さず全部食いきれよ?」



サッチがニヤニヤと口角を上げながら俺の頭をがしがしと撫で回す。痛てェよ、サッチ。


すると、いつの間にやらマルコがこつこつと近付いて、


「これは1番隊から」


そう言ってぽす、っと頭に乗せられたのは橙色のテンガロンだ。そのままバンバンと頭を叩かれる。…痛てェ。というか、なんで?



「エース隊長」



もうシャンパンやらビールやらでぐしょぐしょに濡れそぼったまま、声の方を見遣ると「2番隊からはこれなんで」と言われるままに甲板の柵まで引っ張られる。もう、とうの昔に夕陽は沈み、今は煌々と満月が白く淡い光をたたえるだけだ。これまた言われるままに柵の外を覗き込むと、前々から冗談ではあるがオヤジに頼んで一蹴されていた代物が其処にはあった。



「2番隊からはストライカーです。
高かったんですよ!!まあ、エース隊長がその分稼いできてくれましたけど」



呆然と立ち尽くす俺を囲んでこいつらは言う。




「お誕生日、おめでとうございます」




「おれは一言も言った覚えはねェ」


「もう水くさいなあ!隊長は。いいから貰ってやってくださいよ」


「あ!隊長泣いてる!」


「ばっ、ばかやろう、泣いてなんかねェよ」


「素直じゃねえんだから!隊長は」



はははと笑う隊員達から顔を背ける。別にモノを貰えたから、カネが手に入ったから嬉しいんじゃない。



…なあルフィ、おれがこんな風に今日を迎えるなんて、あの時はこれっぽっちも思っちゃいなかったよ。どうやら、命を預けられる'家族'が、お前と同じくらい護りたい居場所が、おれには見つかったみたいだ。
















fin.
title:AntiDreamer
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▼20100513
7か月と19日後だけどHappyBirthday Ace!!ホントは船長の誕生日を祝うべきなんだけれども何故かにいちゃんをお祝いしたくなったのでした。エースがルフィのお祝いをするの巻も愉しそうだなあ。



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